この偉人はだれ?10

タイトルなし

以下に当てはまる人物は誰でしょう?

1、幼い頃から聡明で見目麗しいといわれた
2、仲哀天皇の皇后となる
3、仲哀天皇と熊襲を討伐しにいったときに神がかりして討伐を止めるお告げをする
4、そのお告げを無視した天皇が亡くなったため、代わりに熊襲を討伐する
5、妊婦のまま新羅の征伐に出向き、征服して帰国する
6、帰国後に誉田別命(ほんだわけのみこと、後の応神天皇)を出産する
7、日本初の摂政となり、70年統治したとされる
8、邪馬台国の卑弥呼はこの人物のことと考える人もいる
9、大正時代までは15代天皇と考えられていた(現在は数えられていない)
10、明治時代に一円、五円、十円札にもなっている

正解は














神功皇后10

略年表

成務天皇40年 息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)の娘として誕生
       名は気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)
仲哀天皇2年 仲哀天皇の皇后(正妃)となる
仲哀天皇9年 天皇とともに熊襲(くまそ)征伐のため筑紫(九州)へ下向
        神託を疑った仲哀天皇が急逝したため、身ごもったまま国政を執る
仲哀天皇9年10月 三韓征伐(新羅征伐)へ出陣。海を渡って新羅を降伏させ、
          百済・高句麗も朝貢を誓ったとされる
仲哀天皇9年12月 筑紫に帰国後、誉田別尊(ほむたわけのみこと、のちの応神天皇)を出産
神功皇后摂政元年 大和へ帰還する際、反乱を起こした麰(かごさか)・忍熊(おしくま)の 
         二王(仲哀天皇の庶子)を鎮圧
神功皇后摂政39年 『魏志倭人伝』に記される卑弥呼の朝貢記録(239年)が、
         日本書紀において神功皇后の事績として引用・記述される
神功皇后摂政69年 稚足彦尊(成務天皇)の崩御から長く国を支え、
         100歳(異説あり)で崩御

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